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【下田】幕末の交差点!龍馬の足かせが外された夜【宝福寺】

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開国の街、下田


1854年江戸末期、ペリー艦隊が下田へ入港。
日米和親条約締結により下田港が開港され、
日本国は215年間の鎖国の時代が終わりました。

小さな「風待ち港」だった下田村は急速に変貌を遂げました。

脱藩浪人、坂本龍馬


家を捨て、藩を捨てた坂本龍馬の大きな転機となったのは
ここ、下田です。
風を待つ港、下田は日本を駆け回る維新の志士が集う
幕末の交差点でした。

順動丸入港


文久3年、
龍馬は勝海舟と共に、兵庫から江戸へと向かう軍官「順動丸」に乗船していました。
脱藩浪人として土佐藩に追い回され、苛立ちの身の上です。

下田港入港は1月15日、
偶然にも前土佐藩主・山内容堂を乗せた「大鵬丸」が駐留していまいした。

大鵬丸と山内容堂

前土佐藩主の山内容堂は乾退助(板垣退助)と共に江戸から大阪へ向かっていました。
悪天候に阻まれ、やむなく下田へ入港、「宝福寺」に滞在していました。

勝海舟の覚悟


山内家の家紋をはためかせて駐留する「大鵬丸」を見て、
勝海舟はこれを千載一遇の好機ととらえます。

山内容堂に龍馬の脱藩の許しを得られるかも知れない

と。

龍馬、待機


血気盛んな土佐藩士で溢れる下田の街。
万が一、容堂公と海舟の交渉が決裂した場合、龍馬の身が危ない。

舟屋にいてはすぐに捕らえられてしまうので、
龍馬は身を隠すには絶好である遊郭で待機しました。

龍馬が待機した「住吉楼」跡。現在は駐車場

弥治川添いの遊郭通り。現在はペリーロードと呼ばれています

謁見(えっけん)


海舟一行は、山内容堂が滞在する「宝福寺」へ出かけます。

奥座敷に通された海舟は、
土佐藩から海軍修行を命じられた藩士を褒めちぎりました。
大分酒を飲んでいた容堂の気を良くした上で、
有能な脱藩浪人への温情を懇願しました。

宝福寺・謁見の間



容堂は、

この盃を飲み干したら、その願い聞いてやろう。

と、ひょうたんからなみなみと注がれた大きな盃を海舟に差し出しました。
海舟が酒を飲めないことを承知の上で。

海舟は躊躇することなくそれを飲み干し、
すぐさま脱藩赦免の証を求めました。



容堂も幕臣・海舟との約束を反故には出来ず、
筆で自らの扇子にひょうたんを描き、

「齢酔三百六十回 鯨海酔候」

と書き記して海舟に渡しました。

齢酔三百六十回 鯨海酔候

「歳酔三百六十回(にふさんびゃくろくじゅっかい)」

一年中酔っぱらっているようす。

「鯨海酔侯(げいかいすいこう)」

鯨のような飲みっぷりで酒をこよなく愛した容堂自身の事です。
外出の際も腰に酒を入れたひょうたんを離したことがない、
今でいうアル中ではなかったのでしょうか。

脱藩赦免

酒の飲めない海舟が、身を張って勝ち取った龍馬の赦免。
住吉楼で待っていた龍馬はどれほどの気持ちだったのでしょうか。

足かせを外された龍馬は、ここ下田から翔けていきました。
その後暗殺までの4年間の働きは、まるで海舟の分身ともいえるものでした。


いかがでしたか?
歴史の1ページをめくりにお散歩に出かけてくださいね。

宝福寺にはお吉が眠っています

【宝福寺・謁見の間】へは【海辺のお宿 いそかぜ】から車で約7分です

こちらも下田の幕末歴史の1ページ↓



宝福寺近辺の観光スポットはこちら↓




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