【河津】「踊子」と「私」、淡い想いの舞台を辿る【伊豆の踊子】

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【河津】「踊子」と「私」、淡い想いの舞台を辿る【伊豆の踊子】
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小説「伊豆の踊子」

「伊豆の踊子」は、
一人の学生と旅芸人一座の若い踊子との
淡い想いと別れが綴られた短編小説です。
今までに6回映画化されています。

1960年作 鰐淵晴子・津川雅彦


作家「川端康成」

1899年、大阪市生まれ。
父母が早くに亡くなり、祖父母に育てられます。

1968年、ノーベル文学賞に選ばれました。
「日本の伝統のおかげ」
「各国の翻訳者のおかげ」
「愛弟子の三島由紀夫君のおかげ」
と、受賞は他力によるもので、
自身を謙遜するように語りました。

その理由が窺がえるのが次のコメントです。
「作家にとっては名誉などというものは、
かえって重荷になり、邪魔にさえなって、
委縮してしまうのではないかと思っています」

1972年、
逗子のマンションで、ガス管を咥えて自殺。
遺書はなく、理由は分かっていません。
72歳でした。

川端康成自身が19歳の秋、
一人で伊豆旅行に出かけます。
そこで出会った大島の旅芸人一座との交流を
綴ったのが「伊豆の踊子」です。

三島由紀夫と川端康成


旅芸人一座との出会い

「道がつづら折りになって、
いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、
雨脚が杉の密林を白く染めながら、
すさまじい早さで麓から私を追って来た」

『私』は高等学校の制帽に紺の着物に袴、
学生カバンを肩にかけて伊豆を旅しています。
急に雨が降り出したので茶屋に駆け込み、
そこで、同じように雨宿りをしている
旅芸人一座と出会います。

実は『私』は道中この一座を見かけており、
半ば彼らを追いかけてきたのです。

茶屋のばあさんが『私』に
「あの連中と関わっちゃいけないよ」
と忠告することから、旅芸人という職業が
いかに蔑まれていたかが窺がえます。

天城峠の茶屋で出会う「踊子」と「私」

1974年作 山口百恵・三浦友和

つづら折りの天城隧道、トンネルを抜け、
『私』は茶屋を先に出発した一行に追いつきます。

一座は大島から来た芸人家族。
旅館の御座敷を廻り、宴会を盛り上げ
冬になる前に大島に帰ります。

「踊子」は17歳くらいに見えましたが
実際は14歳の子供だと知ります。

『私』はこの一座と旅をすることにしました。


1933年作 田中絹代、大日方傳


湯ヶ野に到着し、
『私』は福田屋に宿をとります。

しばらくすると、向いの料理屋から
三味線や太鼓の音が聞こえてきます。
旅芸人一座が座敷に上がっているのです。
『私』は可憐な踊子が酔客に触られたり、
金で汚されたりしないかと心配でたまりません。

1963年作 吉永小百合、高橋英樹


翌日、
『私』が風呂に入っていると、
川向うの共同湯にいた踊子が私を見つけ、
裸のまま両手を振っています。

「子供なのだ。
私達を見つけた喜びで真裸のまま日の光の中に
飛び出し、爪さきで背一杯に伸び上がる程に
子供なのだ。
私は朗らかな喜びでことことと笑い続けた。
頭が拭われたように澄んで来た。
微笑がいつまでもとまらなかった。」

私の踊子への想いは恋愛感情ではなく、
家族のような親しみに近いような気がします。

一方、踊子も私に本を読んでとせがんだり
囲碁ではなく五目並べをしたり、
活動(映画)へ連れてってと
しつこくお願いしたりします。
兄に甘えるような想いなのでしょうか。

お茶を出す踊子

『私』に慣れる前の踊子、
緊張してお茶をこぼしてしまいます。


一行は湯ケ野を出て下田へ向かいます。
『私』は下田に着いたら船に乗って帰らなければなりません。
しかし、踊子になかなかそれを言い出せないのです。

『私』の想いとは裏腹にどんどん距離を
縮めてくる踊子。
それを快く思っていないのが踊子の母。
身分違いに傷つくのは踊子なのだ、と。

大島が見える峠の頂上にて

落ちた櫛を差してあげる『私』


下田港。

「私が縄梯子に捉まろうとして振り返った時、
さよならを言おうとしたが、それも止して、
もういっぺん、ただうなずいて見せた。」

私は帽子を、踊り子は白いものを
ただお互いに振り合う別れでした。

1974年版ダイジェスト


伊豆の踊子を辿ってみましょう!

1、湯ヶ島温泉「湯本館」

踊子が玄関で踊るのを『私』は
階段の途中に腰をおろして見ていました。

創業明治5年の老舗旅館。
ここに川端康成が逗留し、
「伊豆の踊子」を執筆しました。


2、川端康成文学碑

旧天城トンネルの手前の斜面にあります。
「伊豆の踊子」の一節が刻まれ、
川端康成のレリーフがはめ込まれています。


3、旧天城トンネル

雨宿りした茶屋のばあさんが
『私』をここまで送りました。

日本初の石造道路トンネルです。


4、湯ケ野温泉「福田屋」

『私』が宿泊した宿です。
川の対岸には踊子が手を振っていた
共同湯があります。


5、河津七滝

踊子の兄と『私』が身の上を語ったのが
初景滝の前です。


6、尾ケ崎ウイング

『あ、大島が見える!』
と踊子がはしゃいだ場所はどこか不明です。

下田で大島が見える絶景スポットはこちら。


おまけ① ミス伊豆の踊子

伊豆のイベントや物産市などで会えます!


おまけ② スーパービュー踊り子号

全席指定の特急列車です。
都内と下田を最短快適に結びます。


いかがでしたか?
「伊豆の踊子」は40ページほどなので、
是非一度読んでみてくださいね。
きっと踊子と私の足跡を辿りたくなるでしょう!



↓↓↓「天城越え」の滝に棲む女主



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