【南伊豆】ガマの伝承!ガマ寺と呼ばれるゆえんとは?【慈雲寺】

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ガマの恩返し

下賀茂にある慈雲寺(じうんじ)は、
昔から格式のあるお寺です。

輪番といって、小田原の最乗寺に住職が
行列を組んで出張するお勤めがありました。

元和2年(1616)7月26日。
禅師が輪番を終え、三島の本陣に泊まった夜、
深夜になって一人の大男が訪ねてきました。

この男の顔はアバタで目玉が飛び出し、
大きな口でまるでガマの化身のよう。

男は禅師に頭を下げ、言いました。

「実は私は禅師様の慈雲寺の池で育ったガマの化身であります。

ある年の大洪水で青野川から海へ押し流され、
やっと沼津の浜にあがりました。

そこで長年の禅師様のお経の功徳で
人間に生まれ変われました。

ここに禅師様がお泊りと知り、
お礼のしるしにお袈裟を持参致しました。
どうぞ御受納下さい。」

と、麻の袈裟を差し出しました。

慈雲寺の池



この袈裟は当寺に大事に保存されています。
実物は見られませんが、
現住職がこの袈裟をかけた写真が飾ってあります。

別名「不許寺」

ガマ寺の入口には碑が建っています。
ここには「禁入葷酒山門」とあります。

葷(くん)はニラやニンニクなど、
においの強い野菜のこと。
強精剤として知られていたので、
修行僧にとっては修行の邪魔になります。
酒も同様です。

また、この碑の他面には「不許芸遊客」
とあります。
芸遊とは、琴・三味線・浪曲、
あるいは笑ったり歌ったりでしょうか。
そのような客は来てはいけないという碑です。

刺激を避け、宗教の本質を極めようとする
難行苦行の修行の場であったのです。

この碑が建てられたのは寛延2年(1749)。
約270年前です。

弘法大師坐像

慈雲寺にはすごいお宝があります。

下の写真の右側にあるのが、
袈裟姿で曲禄(椅子)に坐す弘法大師像。

右手に密教法具の五鈷杵、
左手に数珠を握っています。

面部は肉付きがあり、陰影が生まれ、
瞳はガラスの玉眼が埋め込まれ、
生々しい面貌です。

作者は、幕末から明治時代に
下田で暮らしていた松本雲松(松本源兵衛)。
製作年は嘉永2年7月吉祥日(1849)。
雲松の作品の中でも大きく整い、
僧形像の代表作と言われています。


釈迦如来像

宝冠釈迦如来坐像。
文政8年(1825)の木造の坐像です。

ガマのお出迎え

境内にはかわいらしいガマがたくさん。
行くたびに増えている気がします。
不許寺にセクシーなカエルちゃんがいたりして
ちょっとほころびます。

ガマの恩返し、いかがでしたか?
当寺は伊豆88遍路の第64番札所です。
是非お越しくださいね~。

【慈雲寺】へは石廊館から徒歩約5分です

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